読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本語教師、プログラマーになる。

韓国に嫁いで日本語を教えていましたが、なんやかんやでiOSアプリ作ってます。

私は「サトラレ」で日本語教師を辞めました

この間「いかにして日本語教師をやめて、プログラミングを愛するようになったか」っていう記事を書いたんですけどね。

 

lavandin.hateblo.jp

 

よくよく読み返してみたら、自分語りに酔っていて、辞めた理由をきちんと書いていなかったことに気がつきました!!

 

タイトルにも書いたけど、辞めた理由で一番大きなものは漫画「サトラレ」に書いてあるんです。

 

 

この「サトラレ」、世間的には安藤政信主演の映画が有名だと思うけど、オダギリジョーがやっていたドラマが好きで、よく見てました。エンディングのGLAY

 

男らしさが〜、女らしさが〜

 

とかなんとかいう、今考えたら若干放送禁止っぽい主題歌もよかった。

 

若い人だと知らない人もいるとおもうので、簡単にストーリーを説明すると、妖怪「さとり」のように「他人の考えを読み取ってしまう」のではなくって、その逆。「自分の考えがだだ漏れになって、周囲の人にバレてしまう」という、特殊な力(障害?)を持った人たちのお話です。

 

以下、漫画のストーリーについて熱く語ってしまっているので、興味ない人はぶっ飛ばしてね。

 

これの面白いところは、サトラレたちはみんなIQがめちゃくちゃ高い天才ばかりなので、政府に保護されているというところ。それで、彼らの周りにはいつもSPというか、サトラレ対策委員という国家公務員さんたちがついているんです。

自分のエッチな妄想なんかが全部バレているとわかったら、文字通り死にたくなってしまうため、生まれた時から徹底的に監視されて、自分がサトラレだとサトラレないように、周りの環境をウソで塗り固めてしまうんです。もちろん、周辺の一般市民も同様。サトラレだとバラしてしまうと、重罪です。

 

漫画では数人のサトラレが現れて、それぞれ物理学者だったり医者だったりといろんな仕事をしているんですが、ドラマでは基本的な場面設定を病院に勤務する医者としながらも、かなりのエピソードを主人公格の物理学者からとっていて、本当にうまくまとまっていて驚きます。

昨今の、へんてこな漫画原作の実写版は、サトラレを見て反省しろ!と言いたいです。思い出が美化されている可能性もありますけど。

 

このサトラレで、サトラレが臨床医として働くのは無理である。患者の中にはガンなどで、余命いくばくもなく、助からない人たちも大勢います。さらに医師には守秘義務もある。その全てがだだ漏れになってしまうサトラレは、その天才的な頭脳を生かして、研究職をさせるのがベストであるということで、サトラレ対策委員や病院の人たちみんなで、なんとかかんとかサトラレを研究所送りにしてしまおうと画策するんですね。

もちろんサトラレは、人を助けたい気持ちから医師になったので、直接患者と向き合えない研究職には興味がないんです。でも、直接救える人なんて限られている。新薬や画期的な治療法を開発できれば、何千、もしかしたら何億もの人たちを救えるのです。サトラレは悩むのですが、果たして…といったストーリーが展開されます。結末が知りたい方は、漫画を読んでくださいね(笑)。

 

さて私がこれを読んだ時は、まだ日本語教師ではなかった上、おバカな学生だったので、

 

目の前の患者か?

それとも人類の歴史に残る大発明か?

 

…なんて悩みは、完全に他人事でした。「ふーん天才って大変なんだ」みたいな。

 

でも実際に日本語教師をやってみて。

大学教授ならいざ知らず、一人の日本語教師が「救える」学習者なんて本当に限られている、と気付いたんです。

 

一般的に、韓国の「어학원(語学院)」と呼ばれる英会話スクールでは、「高級会話班」などと呼ばれるネイティブ教師のクラスは、多くて7人

もちろん、7人フルで開講できる場合なんてほとんどありませんでした。

一度アルバイトで企業の研修を担当したことがあって、そのときで20人くらいだったのが最高記録ですね。しかも私の場合、「1:1(イルデイル)」と言われるいわゆるマンツーマンレッスンの方がもっと多かった。

 

その頃私は、おっぱの英語の勉強のためにたまたまTEDを知るところとなり、カーンアカデミーのプレゼンを聞いて非常に感銘をうけていました。

 …これ、完全にサトラレのあの話じゃん。

 

韓国の社会人は、とても忙しいのです。

長い労働時間、満員電車での通勤、「회식(会食)」と呼ばれる頻繁な飲み会。

 

貧しかったり、いじめられたりして、学校へ通えない子どもたちと、疲弊した労働者の姿が、なぜか重なったのです。

 

私が教えていたのは、夜タイムが中心でした。夜の授業だなんて、なんだかエッチな響きですが(笑)、平日に仕事を終えたビジネスパーソンが通う時間帯のことです。だいたい夜の7時から、10時くらいまでがゴールデンタイムだったかな?

 

教師の体は一つなのに、その短い時間帯にお客様が殺到するわけです。それ以外の時間は授業の準備と仮眠。これでは、教師は収入があがらないし、学習者は残業が入れば授業料をドブに捨てることになるわけで、とても効率のよいビジネスモデルとはいえません。

 

いつでも、どこでも、会社の休み時間や通勤時間に、手軽に日本語を勉強できるしくみがあったなら。

教師は路頭に迷うでしょうか?

そんなことはないはずです。授業がなくて、収入がなくて、死んでいる時間を蘇らせることができるはず。これって、最近はあまり言わないのかもしれないけれど、Win-Winってやつですよね?

 

そんなこんなで、私は次の契約を更新せず、ぷいっとやめてしまったのです。そこからプログラマーになるまでには、また色々とあったのですが…それはまた別の話。

 

誰でも手軽に、いつでも、日本語を勉強できるしくみをつくる。

それが、今の私の夢ですね(^ㅇ^)